否定の証明のコスト

 「否定の証明は悪魔の証明」という言葉がある。「お化けのいないことの証明は悪魔の証明」とも言われる。
 お化けがいることの証明は、お化け本人をつれてくれば済む。
 しかし、お化けがいないという否定の証明となると、宇宙の隅々を調べないといけないので、証明は実質不可能になるというものだ。

 否定用語が入っているというのがポイントだ。

 少し言い換えるとつぎのようになる。
① ソフトウェアにバグがないことを証明するには、無数の手間や時間がかかる。
② 製品に不具合がないことを証明することは殆ど不可能になる。
③ 問題のない社会インフラを整備するためには、無限の税金投入が必要となる。
④ 問題が起きないよう議員立法をし続けると、司法関連の税負担が無限に増大していく。

 よくあるのは、新入社員が何かミスをしたとき、「問題がないことを事前に確認したのであれば、こんなことにはならなかったはずじゃないか」といって先輩が叱るというパターンである。悪魔の証明のパターンだが、新人が気づかないと、ずっと叱られることになってしまう。
 実際は、どういうポカミスが起こりやすいか事前に的確に説明できればよいのだが、教える側の能力不足が原因だったりする。

 否定の証明の対策としては、肯定形に直して対応するしかないであろう。

 例えば、上の①であれば「ソフトウェアの各機能が動作するか確認する」ことで対応する。
 ②も同じで、製品仕様をリストに列挙して各項目の動作確認をしました、とすればひとまず対応できる。つまり、機能することを確認したことで対応する。

 特許なども同様で、否定形の特許は基本的に拒絶になる建前になっている。「羽根のない扇風機」ではダメで、「ワッカ状の構造があってそこから風が出る」など、肯定形に直して具体的に書かないといけない。

 少し知恵がつくと応用がある。
 中間管理職が「問題がないか書類をチェックしています」といって仕事をしているフリをするというパターンがある。
 特に品質部門や法務などで、問題が起きないことが重要という価値観が強くなっているところでは、いくらでも仕事をしているフリができてしまう。新しいサービスや価値がまったく生まれていないのに、人件費だけずっとかかることになる。複雑なルールが追加され、生産性が下がっていく。
 周囲は「悪魔の証明」であることを見破って、部外者にとって何か積極的にプラスになるものが生まれているか、業務効率が上がるものが生まれているかを見ないといけない。

 他の例として、消費者が「自動車のブレーキに問題がないことを証明せよ」と主張すると、これも悪魔の証明となる。メーカーは非常に綿密な実験を行って検証する必要が生じる。こうしたコストは必ず製品価格に反映される。こうした消費者が多いマーケットでは、製品価格が高くなる。
 ところが、東南アジアにいくと、同じモノが格安で売られていたりする。顧客が「他国で売られているものと同等の製品が欲しい」と要求しているのであれば、工場から出てきた製品をそのまま販売すればよい。その国では余計な組織を置く必要がない分、安くなる。

 なので、誰かに何かを要求するとき、悪魔の証明の要求をしてしまうと、効果不明の無限のコスト増になりうるということだ。

 現場や実態を知らない人は否定の要求、悪魔の証明の要求をしてしまいやすい。すると、それを受けた側も証明不能なごまかしができてしまう。
 したがって、メリット、デメリットの現実を見て要求したほうがよい。何を削減し、それをどこに回せというような、肯定形の要求をしたほうが建設的だ。
 自動車であれば、この機能はいらないので、関係する人員を削減し、その分、ブレーキの設計部隊や品質チェックの部隊を増強せよと要求したほうがよいと思う。
 あるいは、いまの性能で十分満足しているので、価格を上げるくらいなら何も変えないで欲しいというように、顧客要求が変わる可能性もある。

 公共的なものも同じだ。
 「事故が起きないよう法律を作れ」と要求すると、悪魔の証明になる。
 「怪我をしない公園を作れ」、「事故の起きない発電設備を作れ」というような要求を行政にすると悪魔の証明になる。
 何かやってます、人が足りないんです、という素振りはいくらでもできてしまい、効果不明の無限のコスト増につながりかねない。「安全に問題がないかチェックしています」といって申請書類の誤字チェックをしている人々だけが増加し、現場の実態は何ら変わらない可能性がある。
 過去、機能していなかった組織に何かを要求しても、予算を使い切った後、やはり機能しなかったとなる可能性は非常に高い。
 「あのハコモノを売却せよ。その人員分、現場の安全点検に回せ」、「機能しなかったこの法律は廃止せよ。代わりに、役に立っているこの法律は充実させよ」という両面で要求をしていかないと、合意があったという事実だけが残って、税などの負担だけ増えるという結果になりかねない。

                          終わり