システム依存度というモノサシ

 システム依存度というものについて考えてみよう。

 例えば、デジタルカメラの場合、旅行にそのまま持っていって写真を撮ることができる。写真を撮るという機能が単独の機械で得られるので、システム依存度を1とする。

 家庭用のスキャナやプリンタの場合、大抵、パソコンと同時に使う。パソコンとスキャナが同時に正しく機能していないと、スキャンするという機能が働かない。そこで、システム依存度を2としよう。スキャンするという機能を得るためには、2つが正しく動いていないといけないということだ。ユーザからすると手間がかかるし、時間の無駄が起こりやすい。

 システム依存度が高いほど、高コストということだ。

 メールの場合を考えてみる。
 従来のメールの場合、Windows パソコンなどのメールの設定をやって、さらにインターネットの接続設定をするようになっている。この場合、メールが機能するには、パソコン設定とネット設定の2つが必要だ。そこで、システム依存度を2としよう。
 最近、Googleメールを使っている人が増えた。Yahooメールでもよい。こうしたウェブメールの場合、パソコン側のメールの設定は不要だ。ネットにつなげてGoogleのメールの設定をすれば終わりである。
 この場合、従来のメールと比べると、ウェブメールのほうがシステム依存度が小さい。従来なら、パソコンが壊れるたびメール設定をやりなおさないといけないが、ウェブメールならその設定をしなくてすむからだ。システム依存度は1.5くらいか。
 仮にパソコンの寿命を4年とすると、従来のメールのユーザは4年ごとにトラブルを経験してパソコンを入れ替える。トラブルに懲りた一定の割合はウェブメールに乗り換えていく。場合によってはパソコンごと使わなくなる。その分、シェアが減っていくことになる。
 つまり、システム依存度は小さくなるよう圧力がかかっているといえる(簡単のため、ウェブメールのデータ漏洩のリスクなどは無視する)。

 デジカメとプリンタの場合、機能が異なるので淘汰の関係にはない。しかし、上のメールの場合、機能が同じなので淘汰の関係になる。
 つまり、機能が同じとき、システム依存度が高い側は高コストとなり、淘汰される側になる。

 他の機能についても同じだ。
 例えば、書類の申請について考えてみる。申請書類がエクセルやワードの独自フォーマットになっていたとしよう。
 すると、エクセルのフォーマットを取得して、エクセルを起動し、入力し、それをネット経由等で送るというステップが必要だ。システム依存度が高い。あるいは、プリントして判子を押して提出するとなると、さらにシステム依存度が高くなる。例えば、プリンタが壊れると申請業務が止まる。
 ここで、ウェブ申請という新技術が出てきたとする。エクセルを起動しなくて済みシステム依存度が下がるので、ウェブ申請に置き換わるという圧力が働くことになる。
 ロータスノーツ、マイクロソフトプロジェクト、パワーポイントなどのアプリケーションソフトにしても同じだ。パソコンを入れ替えるたびにインストールするコストが加わり、習熟するにもコストがかかる。ファイルを開くことができない人が出てくると、対応にかかる時間や手間がすべてコストになる。
 したがって、類似の機能がウェブで出てくると、淘汰される側になる。

 古いシステムを廃止せず維持してもよいが、そのコストは、企業なり、国の機関なりの負担になる。もし、古いシステムを廃止できず、ウェブ申請などの新たなシステムを追加したとしよう。複数のシステムを並存させてしまうと、システム依存度は増加する。
 その組織は、申請作業のたびに、あちこちのシステムを参照し、付加価値のない作業に時間を費やすことになる。エクセルで申請しようと思ったら、マニュアルがノーツデータベースにあって、申請はウェブ申請だった、というようなものだ。組み合わせの複雑さが増す分、コストが上がる。
 仮に労働時間が10時間として、書類仕事が1時間あったとする。システム依存度が増して、1.5時間に増加したとすると、生産性は5%ほど下がる。その5%分、ボーナスが減るか赤字部門が増加する。年収500万円なら25万円の損失である。こうしたコストに気づかない組織はやがて衰退する。

 システム依存度を高くすることが高機能で、高付加価値だと素朴に勘違いしている人々が多いように思う。仕事をやっているように見えるものの、実は、高コスト化に寄与してしまうことになる。
 こうした組織は、システム依存度の低い組織になぜ負けるのかわからないまま、淘汰されていくことになる。

 上の例の場合、ウェブ申請を導入するのであれば、エクセルやワードを廃止してシステム依存度を下げることで効率化する、書類作業をワンストップ化するという目的を明確化することが必要である。
 エクセルもウェブシステムも単なる手段である。廃止できないのであれば、システム依存度を高くしてしまうウェブ申請は導入せず、従来のエクセルでやればよい。混沌を増長するからだ。

 いま、パソコンメーカーが儲からなくなっていて、ネットにさえつながれば済むスマートフォンに代替されている。この場合、パソコンを作る側に就職して自分の時間を投入してしまうと、将来、淘汰される可能性が高い。
 自分の時間を投入するとき、おなじ努力をするのであれば、淘汰する側、システム依存度を小さくする側を選択したほうがよい。

 これは、何か知識や仕事を覚えるという場合も同じだ。ある特定の組織の、システム依存度を高くしてしまう業務について習熟しようと思ってはいけない。システムの一部が陳腐化しただけで自分の過去の努力や知識が無駄になる。社内独自システムというのでも同じだ。
 システム依存度を高くする発想に慣れてしまうと、システム依存度を低くしていく、競争力のある組織では通用しなくなる。経験が外部で通用しなくなるため、いま在籍している組織にトラップされて、抜けられなくなる。
 システム依存度を下げるものであればよいが、システム依存度が高くなる場合、それは付加価値ではなくコストと考えたほうがよい。淘汰されるリスクが増える。

                           終わり