探し物をするときは整理整頓

「探し物をするときは整理整頓」という原則がある。原則というか経験則というようなものだ。結構、これを知らない人が多い。

探し物をするとき、モノを右から左へ、左から右へと移すだけでは、なかなかモノは出てこない。それでさらに、右から左へ、左から右へとやってしまうと、単に時間を無駄にするだけだ。

なので、探しモノをしている途中、自分が探し物をしているなと気づいたら、モノを捨てるようにする。重複するモノを捨て、モノを減らしていく。
機能や用途が似たモノは集め、いつもある置き場所に戻していく。すぐに出てくるようにする。

整理整頓が終わったとき、失くした物が出てくる。

言葉の意味を簡単にまとめておくと、「整理する」というのは捨てることだ。「整頓する」というのは即、出てくるようにすることだ。
「整理整頓」というと、先にまず捨てて、モノを減らした後にすぐ出てくる状態にせよ、すぐ使える状態にせよということだ。整頓してから捨てようというのでは順序が逆だ。
「整理整頓」がわかっていない組織はごちゃごちゃの組織になる。

「探し物をするときは整理整頓」を応用すると次のようになる。

「イラッときたら、整理整頓」

モノを探していてイラッときたときは、整理整頓をする。余計なモノを処分してスッキリさせる。
モノを探していないときでも、イラッときたときは整理整頓をする。普段、なかなか捨てられないモノも、腹が立っているときは、思い切って捨てられる。モノに当たるということではないが、イライラしたときの感情を整理整頓に仕向けるようにする。すると、片づいてスッキリする。イライラにも効用があるのだ。

「迷ったら、整理整頓」

迷ったときも同じだ。何を買うか迷ったら整理整頓してみる。ネットで情報を収集して、余計なファイルは捨てて、まとめる。
考えごとをしていて迷ったら、パソコンでもどこでも書き並べてみて整理整頓してみる。
これは、数学の問題を解くというような場合と同じだ。よくわからなくて迷ったら、書き出して並べてみると法則がわかったりする。だから、「迷ったら、整理整頓」は、実は学校で習っている。日常生活へ応用したほうが得である。

「探し物をするときは整理整頓」がパターンなのだが、社会人でも知らない人が多い。

外国人経営者などでは人員削減などバッサリ整理整頓ができる人がいる。
しかし、日本の組織で整理整頓というと、見かけをきれいにするというだけになりやすい。
モノを大事にするという意識があってか、従来の雑多なもの、仕事のやり方を維持してしまう。
また、費用申請のマニュアルがすぐ出てこない、マニュアル自体がないという例もある。紙のマニュアル、電子マニュアルを多数作ることはできても、整頓ができないのだ。
整頓するとは自分だけ便利であればよいということではない。新入社員、転職者、異動者などの他人でもすぐに使える状態になっていることだ。

従来のモノややり方を維持してしまうと、結局、混沌を増長させてしまう。
そこで、機能に注目し、機能していない余計なモノを捨てるというステップを入れる。また、モノや情報がすぐに出てこないのであれば、それも機能しているとはいえないので廃止する。
すると、イライラや迷い、探し物を減らすことができる。生産性を上げることができる。

ネットの本人認証の方向性

ネットの本人認証の方向性についてまとめておこう。
本人認証の種類を挙げるとつぎのようになる。

① パスワード方式 

本人認証というと、まず、IDとパスワードであろう。
何かのウェブシステムがあったとすると、まずはIDとパスワードとなっている。
ウェブメール、ネットスーパー、ネット証券、ブログサービスなど、多くのサービスはこのパターンだ。
たいがいの、8割くらいのウェブサービスは、この程度のシステムでよいのであろう。

ただ、ネット銀行のように現金を扱う場合、パスワードが破られるなどの問題が生じている。
社会的な問題になるのは、個人情報・企業情報の流出、現金の不正送金などだ。
秘匿性・換金性が高い分野については問題が生じるということだ。

② 合言葉方式 

つぎに「合言葉」方式というのがある。
事前に合言葉を設定しておいて、合っていたらパスするというものだ。
しかし、これも結構破られている。
意味をベースにしたものだと推測できてしまうからだ。
推測と総当たりで破ることができるということだ。

③ 乱数表方式 

つぎが「乱数表」方式であろう。ウェブ銀行のキャッシュカードの裏などに印刷されているものだ。
乱数表であれば、合言葉より推測しにくく認証時に全データの流出がない。
破られたというのをあまり聞かないように思う。
必要な全情報がサービス側とユーザ側にあって、認証にあたりパスワードなど全ての情報をネットで経由させない。一部の情報だけ使う、毎回、変わる、というところに特徴がある。

④ トークン方式 

トークン方式がそのつぎであろう。
電源を入れると数値が羅列されていてパスワードになるというものだ。
ひじょうに安心感がある。
必要な全情報がサービス側とユーザ側にあるという点では乱数表と同じで、やはり、パスワードに関する全情報がネットを経由しない。
トークン方式は乱数表をもっと高度にしたものといえる。
全情報を入力するということと、認証をするということは必ずしも一致していなくてよいということだ。
そして、乱数表の情報量と認証時の情報量を増やしてしまえば、破られるリスクが確率的に減るということだ。


この他、個人認証としては指紋認証とか顔認証などもある。
しかし、カメラやUSB機器のようなハードウェアが必要だし、解析のソフトウェアも必要となる。
少なくとも、一般的な人々を対象とするウェブの分野では、システム依存度が高いものは普及していく力がないといえる。
また、ワンタイムパスワードというものもあるが、IDやパスワードなどの全情報がメール等のネットを経由するので、結局、①と同じになる。

すると、現状の個人認証としては①〜④くらいにまとまるであろう。

ネットバンキングやネット売買で、①、②あたりで情報流出を繰り返している企業がある。②が破られたので③や④にするのなら意味がある。
しかし、合言葉方式②が破られているのに、その後、また合言葉方式②のシステムに改修していたりする。上の程度の考察すら足りないといえる。

ユーザの側からすると、無意味にシステム改変が繰り返されるばかりとなる。被害が確認されている金融機関などは、毎年、ほぼ同じところだ。ネットで検索するとすぐに出てくる。顧客情報管理が甘い企業は自分で確認したほうがよい。
個人情報流出や不正送金などの被害が増えるにつれ、こうしたところはいずれ見切りをつけられることになるであろう。

結局、ネット銀行などのように秘匿性が必要とされるウェブサービスでは、③、④あたりが必要と思われる。ネット銀行などで①、②あたりに留まっているサービスは淘汰されていく。最初から使わないか、預金を引きあげるなどしたほうがよい。

信頼度のチェックポイント

信頼されていたものが崩壊することがけっこうある。
食品・インフラの安全性、権威などの信頼が失墜するなどだ。
信頼度というものについて考えてみよう。

多くの人が信用する理由を挙げるとつぎであろう。
・ 有名だから 
・ みんなそうだから 
・ 過去そうだったから 歴史があるから 
・ 大手だから 公共機関がやっているから 
・ 他よりよかったから 
・ 権威があるから 海外でもそうだから 
・ 実績があるから 
・ 人気があるから 
・ 最近、流行だから 

信用が崩壊した後のパターンはつぎのようであろう。 
・ だまされた側が悪い(自己責任)
・ 過去(失われた時間、資金)はどうしようもない 

自己責任が求められるのであれば、情報の開示や拒否権、他のサービスの選択肢が必要であろう。情報が非公開だったり、拒否しようがないなら責任の取りようがないからだ。

信頼度のチェックポイントを列挙するとつぎのようになる。
・ 情報の開示に積極的か、情報は十分か 
・ ムラ社会になっていないか、閉ざされていないか 
・ 純粋培養がよいという価値観になっていないか 
・ ずっといただけの人が偉いということになっていないか 
・ 一部の担当だけでやっているのではないか 
・ 自分自身の改善に積極的か、マンネリになっていないか

 ファンドでもマンションでも、難関資格、大企業・大学でも、想像していなかったものが崩壊していく事例がいくらでもある。
 そこで、身の周りで上のチェックリストに該当する人、組織を探してみる。
 少し怪しいなと思ったら、時間・お金・労力をつぎ込まないようにする。投入した資金は回収、撤収しやすくしておく。崩壊するとどうなるか想定し備えをしておくとよいことになる。

教育の採点

義務教育あたりを中心に、過去に受けた教育の採点をしておこう。
 社会に出て役に立った学校教育、役に立たない学校教育を皆が公開していったほうが改善につながると思う。

小学校教育 
国語 △ 
 物語的な文章が多く、文章を印象や善悪で読む癖がついてしまう。
 書かれた内容を正確に読み取る練習を増やしたほうがよい。
算数 ○ 
理科 △ 
 将来、似非科学にだまされないような基礎知識や知恵が教えられているとよい。
社会 △ 
 他の教科と関連づけて、力がつくようになっているとよい。
音楽 × 
 英語の曲を暗記するなどできれば、英語教育、海外交流につながるはず。
家庭科 × 
 部屋を片づけるコツのようなものでもよいから、理科などの他科目に絡めて教えてもらえるとよい。

中学校教育 
国語 ○ 
 文章を書かせて生徒に互いに添削させるような訓練があるとよい。
数学 ○ 
 高校1年くらいの内容を前倒しでやっていてもよい。
英語 △ 
 試験のための英語になっている。今思えば、先生の英語力に疑問がある。
理科 ○ 
社会 △ 
 現代史の比重が軽く、知識のないまま社会に出ると損をしてしまう。
 経済的な観点をもっと入れてよいと思う。
技術・家庭 △ 
 自動ロボットや生活の知恵でもアイディアを募集して、案を公開してもらえるとよい。

高校教育 
国語・古文・漢文 △ 
 大学入試問題を使ってよいから、必要な到達レベルを示して欲しかった。
 熟語なども必要レベルを示して欲しかった。
英語 △ 
 教科書を読んでいって訳させるだけだった。独特の癖がついてしまい、将来、苦労する。
数学 ○〜△ 
 卒業時、教科書が終わらなかった。多少スキップしてよいので1年前倒しくらいで進めて欲しかった。
化学・物理・生物・地学 ○ 
日本史・世界史・地理・公民・倫理政経 × 
 完全に暗記科目化していた。細かな知識で評価しても、将来あまり役に立たない。
 歴史であれば、なぜ、その勢力が広がったか、滅びたか、考えて議論するような機会があればよかった。

 総じて、基礎的な読み書きそろばんの部分が重要だと思う。計算ができなかったり文章が書けないと、後々、苦労する。細かい知識や暗記はネットで代替されるので、重要度が下がっている。それよりも間違った情報や無駄な情報を判断する練習があったほうがよい。
 外国人など、価値観の異なる人々と接したとき、国語力のような能力が重要になるが、教科としては、意識的なトレーニングがあまりされていないと思う。夏目漱石を読むより、自分の意見を論理立てて説明するようなトレーニングをしたほうがよい。
 また、権威、先生に素直なほうが成績がよくなる傾向があると思う。先生が回答を1つ持っていて、それをうまく探り当てる人が評価される。そうしたシステムでは、世代交代につれ人々の発想が狭くなって硬直化していくと思う。
 権威を否定し、新しい構想を作るタイプの考え方を認めるモノサシ、教育機関くらいあってもよい。

        終わり 

報道の比較

 最近の福島原発の報道を比較してみよう。

 日本の大手新聞社の文章を抜粋してみる。
 「…全力で対処すべきだ。…総点検を急ぐべきだ。…タンクに水位計が必要だ。…原子力委員会のチェックが不可欠である。…政府一丸で…」などとなっている。
 全体がべき論になっている。力強い作文を書けばよいのであろうか。
 核物質の半減期が長すぎる。水が流れ込み続けるといつか必ず漏れ出てしまう。この問題を解決する案として、水位計が思いついたらしい。
 また、原子力委員会に税金を投入して、彼らがチェックすれば解決するようだ。

 他の日本の報道を見ると、地下水の流れなどはうまくまとめてあって、噛み砕いて説明してある。しかし、取材というよりは、解説委員1人の意見になっている。
 代表的な2つの報道機関がこうなっていて、他も似たようなものが多い。

 BBCを確認してみると、少し異なっている。
 タンクの個数や数値といった日本からの情報に加え、Google アースの航空写真が出ている。ここ2年間で増えた貯蔵タンク、地下水の流れなどが視覚的にわかるようになっている。
 マンチェスター大学などの英国の大学、米国、IAEA、技術者の発言を抜粋している。情報元が複数、かつ、国をまたいでいる。
 事実を時間軸や空間、数値で示し、取材先が喋った言葉を用いて、事実で語らせている。取材者の意見や主張の部分がない/少ない。
 全般的に分析的といえる。また、主観を排除して客観的であろうとする姿勢が見られる。

 報道のチェックポイントを列挙するとつぎのようになる。

・ 複数の情報ソースを取っているか。裏を取っているか。
・ 世界から情報が取れるか。海外の研究機関等から情報を取れるか。
・ 伝聞だけでやっていないか。
  政府や東京電力の情報を伝達するだけになっていないか。
・ 偏っていないか。網羅しているといえるか。
  原子力について取材しようと東京大学にいくと、やはり利害関係者となってしまう。この場合、海外に当たれるか。
・ 直接現場の情報が取れるか。海外の現場、技術者から情報が直接取れるか。
・ 理解力はあるか。技術を理解する能力があるか。
  技術的な問題に対し、技術的に提言する能力があるか。
・ 現場の事実を事実のまま伝えているか。情報を加工、総括していないか。
・ 事実から当然考えられる見通し、予測を伝えているか。
・ 作文だけになっていないか。べき論になっていないか。

    終わり 
 

充電池のパターン

 充電池のパターンついて考えてみよう。

 家電量販店のホームページで「リチャージャブル」で検索すると、100個ほどの充電池が出てくる。
だいたいがデジタルカメラ用かホームビデオ用だ。携帯電話の電池を入れると、日本国内で数100種類くらいの充電池が発売されているであろうか。

 これまで、多数のデジタル製品が発売されてきたけれども、各社ごとに、また、製品ごとに独自の充電池だ。充電池といっても、せいぜい電圧と容量くらいしか違わない。ほとんど同じなのに互換性がないのだ。

 自社独自の形状にして、顧客を囲い込み、電池を売って利益を得ようという意図なのであろう。

 しかし今どき、「ユーザーを囲い込む」と聞いて疑問を感じないのであれば、その人は感覚が古いと思う。あるいは、組織が高齢化していて、10年以上前の発想から抜け切れていない。
 いまでは、囲い込みという発想が成り立たなくなっている。情報化が進んだからだ。

Google検索が普及する前であれば、このようなパターンであった。
 ① 「最新のデジタルカメラを買おう(何も考えず)。」
 ② 「旅行にいくので電池を追加しよう。」
 ③ 「互換性のある電池はこれしかないのか。とりあえず買おう。ちょっと高いけど。」
 情報が乏しいと、目先の選択肢の中から、とりあえず買うしかなかったのだ。

いまはつぎのようであろう。
 ① 「カメラ買おうかな。ネット検索しよっと。」
 ② 「電池高い! 電池2個の値段でカメラ買える。迷う。独自仕様だし。」
 ③ 「スマートフォン買おう。(カメラは忘れ去られる。)」
 情報化が進んだ環境では、仕様や値付けがわかりにくいと、ユーザは迷って購買行動に移れなくなる。製品ごと見捨てられる。
 また、楽をして儲けようとすると、ユーザはすぐに感づくのだ。ユーザにとって、本当に良い製品、サービスでないといけない。

 日本の各所で、電池の形状を設計して、販売して、設計して、販売して、というのを数100回繰り返している。
 100回繰り返したとして、101回目に何かすばらしい設計でも出てくるのであろうか。また、売り上げが伸びていくのであろうか。
 再設計を100回繰り返すと電池の持ちが10倍に伸びるのならよい。あるいは、再設計を100回繰り返すと、電池のサイズが10分の1になるのであればそれでもよい。

 しかし、100回繰り返して、101回目にまた同じようなことを繰り返しているのだとすると、この人たちはいったい何なのであろうか。こうした人々は設計能力が高いといえるであろうか。

 100回、独自仕様を発売して、だんだんジリ貧になっていて、101回目にまた同じ独自仕様を発売している。
 囲い込みが本当に功を奏しているのであれば利益が伸びているはずだ。
 囲い込みがうまくいくのは、アップルのようにシェアがトップクラスの企業程度で、それも数年くらいの期間であろう。
 いま、利益が出ていない2番手、3番手以下の企業が囲い込みをしようとすると、それは却って顧客を取り込む障壁になる。
 例えば、海外旅行にいって、現地でバッテリーを買おうと思っても、シェアが低い独自仕様なんて見つからない。国内旅行で駅の売店で電池を買おうと思っても見つからない。

 各企業がライバルとなって対立していると、ライバルが設計した仕様は認めたくない。なので、各社独自仕様の競争になる。仕様の共通化は不可能になる。
 その結果、メーカーは充電池の再設計をひたすら繰り返している程度の集団になる。部分最適は、全体最適にならない。むしろ、全体最悪になるということだ。充電池は一例であって、他の電気設計、ソフトウェア設計でも同じだ。

 日本企業が意味のない繰り返し作業をやっていて、海外から、新コンセプトの製品が発売される。すると、一気に日本はガラパゴス化する。これまで何をやっていたのかとなるが、過去の焼き直し程度の作業を繰り返し、経営資源を消耗していただけなのである。社会的な損失なのだが、これが競争力だと信じている。

 エネループのように、電池メーカーから、フラット形状の汎用の充電池を発売してもらえないだろうか。また、各機器メーカーは、その汎用の充電池が搭載できるように設計してもらえないだろうか。意味のない再設計の費用をユーザがもつのはもうやめにして欲しい。

 携帯電話、デジタルカメラ、音楽プレーヤごとにバラバラの充電池や充電器、ケーブルを作ってしまう。
 「できるだけ汎用な電池が使える」というユーザベネフィットには目をつぶる。見たくないものは見なかったことにする。ムラ社会の中だけを見ることにする。
 各社、ほとんど同じ、しかし、ちょっとずつ違うものを自分の都合で作る。皆が参入し、同じ作業を繰り返す。規格乱立となり、高コスト化し、結局、全滅する。

 日本の組織に典型的に見られる崩壊パターンだ。役所や銀行などの組織も似たようなものだと思う。
 陸軍と海軍が自分の枠の中のロジックだけでものごとを捉える。ムラ社会の外からの観点でものごとを捉える経験をしていない。全体を俯瞰する経験やトレーニングを受けていない。同じパターンを繰り返す。新兵器で攻め込まれると、竹ヤリで勝負して全滅する。
 製品が変わるごとに電池、充電器やケーブルを捨てるのでは、資源がもったいない。失敗の歴史に学ばないのは、なぜであろうか。

 メーカーは、「独自電池の再設計」という意味のないところで勝負するのではなく、充電池の持ちがよいとか入手性がよいなど、ユーザに取って本当にメリットのあるところに注力して欲しいと思う。
 例えば、デジタルカメラに電池を入れて放置したとき、1ヵ月後、使いたいと思った瞬間に電池が即、使える状態になっているようにして欲しい。携帯電話であれば、1回充電したら2〜3週間くらいは電池が持つようにして欲しい。本当によい設計を極めていれば、それを必要とする人々がいるはずだ。

自動報道システム

 今後の自動報道システムというものを考えておこう。報道もネット化、自動処理化されていくであろう。

 ネットでもテレビでも、パターン化された報道というものがある。例を挙げてみよう。

 猛暑といえば、熊谷市大磯ロングビーチが出てくる。大雨が降るとレポーターが傘を持って歩けず、傘の骨が折れる。
 雪が降ると、東京郊外駅前のテレビカメラの前で、女性が滑る。
 ナスダック・ニューヨーク証券取引所といえば、いつも鐘がカーンカーンと鳴って外人が並んでいる。

 パターンが分かりやすいのは、季節モノ、経済モノ、文化に関わるモノが多い。去年の映像を使ったとしても気づかないであろうという類のものだ。

 こうした報道は、ニュース原稿の自動生成で代替されるであろう。

① まず、過去のニュース記事のテキストを蓄積しておく。
② 最高気温や株価などは、検索を自動化して、数値やテキスト、キーワードを抽出する。
  気象庁等のホームページや海外のニュース、公開情報を使ってもよい。
③ 記事を各文に分割し、統計的に多く使われている表現と似せて文章を自動生成する。
  その記事を、ホームページにアップする。あとはメールで自動配信するなり、何とでもなる。

 原稿が自動生成されれば、スマートフォンなどに記事を送って読むようにすればよい。従来のニュースや新聞を見る必要がなくなる。

 自動処理化に併せ、原稿の内容も、もう少し定量的な表現になっているとよい。

 例えば、経済ニュースで、急落・急騰という表現が使われることがあるが、大抵、とても客観的な表現とはいえない。
 円やドル、日経平均の変動であれば、何%変動したという表現で統一されているほうがよい。
 「高値」「安値」という用語は、過去1年で最も高いとき、安いときに使用する等とする。 
 「急騰」「急落」という用語は、過去1年の変動の1シグマを超えるときに用いる等とする。「年初来…」という表現は、意味がないので廃止する。こうして、もう少し用語を統計的に正確に使用する。
 各用語や数値の表現は、各国の通貨、債券、資源価格、株価等で統一して使用する。
 こうしたところは、コンピュータ処理が圧勝するであろう。

 貿易統計や為替のニュースにしてもおなじだ。
 「…が急騰した。理由は米国の雇用統計が改善したため」という報道が多い。しかし、その日のうちに反転することなどいくらでもある。表現が主観的すぎる上、理由づけが二転三転する。

 「機関投資家が金を売却したので価格が下落した」と言いたいのであれば、金のマーケットは、いくらくらいで買いたがっている人が何%くらいるか示し、最も売った機関投資家は誰で、売却額はいくらで、結果、いくら下がった、という事実を伝えないと報道にならない。5W1Hの事実が特定できないのであれば、素人とあまり変わらない。
 もし理由が言えないのであれば、事実としていくら変動したということだけを伝えればよい。従来の報道機関やエコノミストが下手に理由をつけようとするから、信頼を失っていくことになる。

 自動報道システムでは、各国の通貨、金価格、原油価格、資源価格、株価を常時自動モニタする。ある一定量の変化があったとき、急騰・急落とし、報道を行う。
 すると、ある国で通貨が大きく下がると、適切なタイミングで報道されることになる。たまたまその国にいく人は、的確な判断ができ、報道の価値が生まれる。
 風邪の流行、事故、交通渋滞についても同じだ。各地域で一定量の変動を検出すると報道するようにする。

 自動処理化してしまえば、おそらくパソコン数台で維持できる。ほとんど最小限のコストでスピーディに的確で網羅性があり、客観的な報道が実現する。顧客は、いったん取り込まれると従来の報道では満足できなくなるであろう。
 例えば、各国の経済について、国や資源の種類によっては、日本では報道されなかったりする。しかしその後、日本に波及してくる場合がある。過去の報道を振り返ったとき、実は自動報道システムで報道されていたという事実がわかれば評価されることになるであろう。

 また、従来の報道機関と比較すると、放送局を維持するコストの差分だけ有利になる。余計な人員をかけていそうなところから順に、自動処理化で狙い撃ちされていくことになる。彼らは職業の存在意義を問われることになる。旧態依然とした報道のやり方が並存している間、コスト差が維持することになる。ずば抜けた競争力を維持できることになる。